TOP > スポンサー広告 > 朗読CD 『 詩人 立原道造』ジャケについてTOP > 朗讀メモ帳 > 朗読CD 『 詩人 立原道造』ジャケについて

--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007.12.22

朗読CD 『 詩人 立原道造』ジャケについて

収録詩

わかれる昼に
のちのおもひに
虹とひとと
眠りの誘ひ
小さな墓の上に
旅装
天の誘ひ
離愁
葬送歌
みまかれる美しきひとに
夜想楽 〜「夏への四つのプレリユウド」から〜
虹の輪 〜「夏への四つのプレリユウド」から〜
薄明
浅き春に寄せて
晩秋
初夏
草に寝て……
六月の或る日曜日に
麦藁帽子
優しき歌
僕は おまへを 見つめるばかりだ
メヌエット
下記は一部の資料です——

わかれる昼に
 
ゆさぶれ 青い梢を 
もぎとれ 青い木の実を
ひとよ 昼はとほく澄みわたるので
私のかへつて行く故里が どこかにとほくあるやうだ
何もみな うつとりと今は親切にしてくれる
追憶よりも淡く すこしもちがはない静かさで
単調な 浮雲と風のもつれあひも
きのふの私のうたつてゐたままに 
弱い心を 投げあげろ
噛みすてた青くさい核を放るやうに
ゆさぶれ ゆさぶれ
ひとよ
いろいろなものがやさしく見いるので     
唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ


のちのおもひに

夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ほばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を
うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた

——そして私は
 
見て來たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……
夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう         
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう



虹とひとと


雨あがりのしづかな風がそよいでゐた あのとき
叢は露の雫にまだ濡れて 蜘蛛の念珠も光つてゐた
東の空には ゆるやかな虹がかかつてゐた
僕らはだまつて立つてゐた 黙つて! 
ああ何もかもあのままだ おまへはそのとき
僕を見上げてゐた 僕には何もすることがなかつたから
(僕はおまへを愛してゐたのに)
(おまへは僕を愛してゐたのに)
 
また風が吹いてゐる また雲がながれてゐる
明るい青い暑い空に 何のかはりもなかつたやうに
小鳥のうたがひびいてゐる 花のいろがにほつてゐる  
おまへの睫毛にも ちひさな虹が憩んでゐることだらう

(しかしおまへはもう僕を愛してゐない
僕はおまへを愛してゐない)



眠りの誘ひ

 
おやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで     
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)

私はいつまでもうたつてゐてあげよう
私はくらい窓の外に さうして窓のうちに
それから 眠りのうちに おまへらの夢のおくに
それから くりかへしくりかへして うたつてゐてあげよう
 
ともし火のやうに
風のやうに 星のやうに
私の声はひとふしにあちらこちらと……
するとおまへらは 林檎の白い花が咲き
ちいさい緑の実を結び それが快い速さで赤く熟れるのを
短い間に 眠りながら 見たりするであらう




旅装

小さな旅と知りながら
心のこる部屋
インクや本や時計よ
時計は一時でとまつている
皿やナイフや花瓶よ
花はあした枯れるだろう
さうして僕は汽車に乗るだらう
田舎の道に人は見るだらう
ひとりの僕がかなしげに眼をつむるのを
思い出よ 僕の夢よ
僕はすべてを忘れるだらう そのとき
僕は思ふだらう もうみんななくしたと



天の誘ひ


死んだ人なんかゐないんだ。
どこかへ行けば、きつといいことはある。

夏になつたら、それは花が咲いたらといふことだ、高原を林深く行かう。
もう母もなく、おまへもなく。つつじや石榴の花びらを踏んで。
ちようどついこの間、落葉を踏んだやうにして。
林の奥には、そこで世界がなくなるところがあるものだ。そこまで歩かう。
それは麓《ふもと》をめぐつて山をこえた向うかも知れない。誰にも見えない。
僕はいろいろな笑い声や泣き声をもう一度思い出すだらう。
それからほんとうに叱られたことのなかつたことを。僕はそのあと大きなまちがひをするだろう。
今までのまちがひがそのためにすつかり消える。

人は誰でもがいつもよい大人になるとは限らないのだ。
美しかつたすべてを花びらに埋めつくして、霧に溶けて。

さようなら。



みまかれる美しきひとに

まなかひに幾たびか 立ちもとほつたかげは
うつし世に まぼろしとなつて 忘れられた。
見知らぬ土地に 林檎の花のにほふ頃
見おぼえのない とほい星夜の星空の下で、

その空に夏と春の交代が慌しくはなかつたか。
——嘗てあなたのほほゑみは 僕のためにはなかつた
——あなたの声は 僕のためにはひびかなかつた、
あなたのしづかな病と死は 夢のうちの歌のやうだ。

こよひ湧くこの悲哀に灯をいれて
うちしほれた乏しい薔薇をささげ あなたのために
傷ついた月のひかりといつしよに これは僕の通夜だ

おそらくはあなたの記憶に何のしるしも持たなかつた
そしてまたこのかなしみさへゆるされてはゐない者の——。
林檎みどりに結ぶ樹の下におもかげはとはに眠るべし。



また昼に(僕は おまへを 見つめるばかりだ)

僕はもう はるかな青空やながれさる浮雲のことを
うたはないだらう……
昼の 白い光のなかで
おまへは 僕のかたはらに立つてゐる

花でなく 小鳥でなく
かぎりない おまへの愛を
信じたなら それでよい
僕は おまへを 見つめるばかりだ

いつまでも さうして ほほゑんでゐるがいい
老いた旅人や 夜 はるかな昔を どうして
うたふことがあらう おまへのために

さへぎるものもない 光のなかで
おまへは 僕は 生きてゐる
ここがすべてだ! ……僕らのせまい身のまはりに



虹の輪

         
あたたかい香りがみちて 空から       
花を播き散らす少女の天使の掌が
雲のやうにやはらかに 覗いてゐた
おまへは僕に凭れかかりうつとりとそれを眺めてゐた
 
夜が来ても 小鳥がうたひ 朝が来れば
叢 に露の雫が光つて見えた——真珠や          
滑らかな小石の刃金の叢に ふたりは

やさしい樹木のやうに腕をからませ をののいてゐた
吹きすぎる風の ほほゑみに 撫でて行く
朝のしめつたその風の……さうして
一日が明けて行つた 暮れて行つた
 
おまへの瞳は僕の瞳をうつし そのなかに
もつと遠くの深い空や昼でも見える星のちらつきが
こころよく こよない調べを奏でくりかへしてゐた



薄明

音楽がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさきフーガが 花のあひだを
草の葉をあひだを 染めてながれる

窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
外に 私を囲んで暖く香(かをり)よくにほふひと

私は ささやく おまへにまた一度
——はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!

やまない音楽のなかなのに
小鳥も果実(このみ)も高い空で眠りに就き
影は長く 消えてしまふ——そして 別れる




草に寝て……
六月の或る日曜日に


それは 花にへりどられた 高原の
林のなかの草地であつた 小鳥らの
たのしい唄をくりかへす 美しい声が
まどろんだ耳のそばに きこえてゐた

私たちは 山のあちらに
青く 光つてゐる空を
淡く ながれてゆく雲を
ながめてゐた 言葉すくなく

——しあはせは どこにある?
山のあちらの あの青い空に そして
その下の ちひさな 見知らない村に

私たちの 心は あたゝかだつた
山は 優しく 陽にてらされてゐた
希望と夢と 小鳥と花と 私たちの友だちだつた



麦藁帽子


八月の金と緑の微風のなかで
眼に沁みる爽やかな麦藁帽子は
黄色な 淡い花々のようだ
甘いにほひと光とにみちて
それらの花が咲きにほふとき
蝶よりも 小鳥らよりも
もっと優しい生き物たちが挨拶する



浅き春に寄せて

 
今は 二月 たつたそれだけ
あたりには もう春がきこえてゐる
だけれども たつたそれだけ
昔むかしの 約束はもうのこらない
 
今は 二月 たつた一度だけ
夢のなかに ささやいて ひとはゐない
だけれども たつた一度だけ
そのひとは 私のために ほほゑんだ

さう! 花は またひらくであらう
さうして鳥は かはらずに啼いて
人びとは春のなかに笑みかはすであらう
              
今は 二月 雪に面につづいた
私の みだれた足跡……それだけ
たつたそれだけ——私には……



晩秋


あはれな 僕の魂よ
おそい秋の午後には 行くがいい
建築と建築とが さびしい影を曳いてゐる
人どほりのすくない 裏道を

雲鳥を高く飛ばせてゐる
落葉をかなしく舞はせてゐる
あの郷愁の歌の心のままに 僕よ
おまへは 限りなくつつましくあるがいい

COMMENT

管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK

トラックバックURL:
«  | HOME |  »
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。